2013/09/25
羊羹って、おいしそうな字ですか。
とあるご縁でお礼になんとなんと、虎屋の羊羹をいただいてしまいまして。恐縮千万な展開に一同ひええええだったわけですが、二言後にはうめえうめえ言って普通に食べてるんだから人間はゲンキンなもんです。
芥川龍之介が、ようかんが「羊羹」と書かれることを知ってから、それまで大好きだったのに、なんだか気持ち悪くなってしまって、それ以降食べられなくなったっていう有名なお話があります。その字面を知ってしまってから、なんだか羊羹に毛が生えているような、あるいは毛が混じっているような気がしてならなくなってしまい、のどを通らなくなったそうな。この話、結構僕は好きで、示唆に富むなあといつも思い出す度に思うわけです。
そもそも元をたどれば羊羹ってやつは、羊の肉の煮こごりのコトで、中国の料理だったわけだけど、日本にわたってきて僧が精進アレンジせねばってことで、色の再現性が高かったってこともあって、羊肉の代わりにあずきを煮て作ったというわけです。本当に羊だったってこと。芥川さん、頭のいい人だったから、無意識のうちに、日本語の表意性を嗅ぎ取っちゃったのかもしれないなあなんて。そう考えるとさ、日本語は音と、表意性と、そのウラにある語源のコンテクストと、それとは別個のそのモノコト自体の物性・事実性とが、いろんな配分で混ざって存在しうるわけで。その複雑で繊細な存在が好きだなあと思う訳です。
以前から、言葉は世界をセンサリングする感度そのものだとこのブログでも何回か書いてきたけど(イヌイットの雪の話とか、健啖家の話とか)、日本人の日本人性には、日本語がものすごくものすごく作用していると、まあこう書くと当たり前に思われるかもしれないけど、思う訳です。国際競争とか、グローバルとかいろいろ言いますけど、日本人が日本人性を持ってこれから世界に価値を生み出していくためにも、もっと日本語にこだわっていきたいと思うのよね。(英語はできるにコシタコトナイヨソンナノワカッテルヨ…)
そんな気持ちを大事に大事に、企画も言葉で勝ちきれるくらいになりたいものです。
2013/09/24
半沢直樹のどこに共感するか。
珍しく連ドラをそれなりに通して観た、半沢直樹。「笑顔で喜怒哀楽が表現できる俳優」堺雅人と、「もはや中車」香川照之のバトルがやたら話題になってますが、よく考えたら他だって歌舞伎関係者がぞろぞろの、勧善懲悪物語だったわけで、時代がこういうカタルシスを求めているのかしらと考えるとちょっと考えモンなんじゃないかそれはそれで、って感じもしております。
エンターテイメントとしては最高峰の作品でした。凄まじい演技の応酬。ただね、「踊るシリーズ」も、「相棒シリーズ」もそうだけど、内輪モメストーリーが日本人は好きなんですかね。ただ単純に”真の敵は意外にも内部に!!”っていうどんでん返しとしての機能なら分かるんですけど、踊るとかまさにそうだと思うけど、”内輪の巨悪に立ち向かうカタルシス”で出来てるじゃないですか。あれが、完全に共感できない。日頃そういう圧を受けて悶々苛々している人がたくさんいて、彼らがスカっとしているっていうのが普通の理解ですが、だとしたら、そんなもん家に帰ってまで見たいんですかね。分からない。
自分は、そう考えると、ほとんどまったく今までの人生で組織におけるこの手の面倒くささに遭遇してこなかったんでしょうね。人には恵まれました。というのと、環境とはそもそも自らの心の映し鏡であって、周りが歪んで恵まれていない場所に映るときは、自分の心にも何かねじれがあると思うんだよね。奇しくも半沢も終盤、大和田常務への100倍返し画策中に「俺も大和田と同じ穴の狢なのかもしれない」といって、親友・渡真利がそれは違うと諌めるシーンがあるんだけどさ。同じとはいわないけど、それだけの労力をかけてまで身内を失脚させることに尽力する精神が単純に、全く共感できないという事実しかない。なんかそれって、不幸じゃないか半沢さん。あ、でも本人が望むのならそれでいいんだけどね。彼と自分の決定的な違いは、自分はそんなに他人に興味なんかないってことかも知れないけどw
半沢さんは望んであのように生きているからいいけど、あれを見て、「働くことや生きることを考え直しました!」とか、「明日からまたがんばれます!」とか言ってる人は、ちょっと分かんないわけです。「大和田常務の顔芸やばす」と言ってる人の方がよほど分かり合える。もっともっと、エナジーを外に向けた方が、きっとハッピーだよあなたもワタシも、半沢さん。だから、クライマックスの頭取の決断は個人的には、そうだよねって感じ。半沢さんの生き様はどこまでいっても最終的には、肯定されないし、されるべきじゃない。あなたの人生はもっと他の使い方があるよきっと。嫁が健気でかわいそう。
というわけで、私は内輪もめ勝手に盛り上がり系作品は、エンタメとして面白いかしか見てません。その上で、半沢直樹は、とってもいい作品でした。ちゃんちゃん。
2013/09/03
【09.07 LIVEやります】 Kitchen 6th Live @渋谷DESEO
nord electro 2号機 (4 sw73です)
今年はKitchen、ライブのお誘いに本当に恵まれております。今年は正の字ひとつ分くらいは出たいと思っていたので、これで達成できるのは、なかなかうしっ!って感じです。ということで【Kitchen 6th LIVE】、今回は、以前一度別のバンドとして対バンさせていただいたことのある、前の会社のとても信頼している同期がボーカルをつとめているKZCBさん主催のイベント「KZCB Presents 残暑の夜にはライブ行くしかないざんしょ?!」の先駆けとして出演させていただきます。以下、告知させていただきます!
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[KZCB Presents 残暑の夜にはライブ行くしかないざんしょ?!]
@SHIBUYA DESEO
→ MAPなど、詳しくはコチラ
2013.09.07 [SAT]
open / 17:30
start / 18:00
charge / W/F:2,000yen / Door:2,500yen
+1drink:500yen
*Kitchenの出番は18:00頃から、1時間ほどです。
[出演]
Kanazawa City Band
市村真理子の夏の終わりを彩るバンド
Kitchen
Kanazawa City Band
市村真理子の夏の終わりを彩るバンド
Kitchen
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今回はKitchenが自信をもってお届けできる定番セットリストでどかーん!と参りたいと思いますので、一度でもライブにお越しいただいたことのあるお客様も、まだ聞いたことのないお客様も、是非是非お越し下さいませ!主催のKZCBさんも演奏力にショーマンシップを兼ね備えた魅せるライブでいつも楽しませてくれるバンドさんなので、僕らも多分ふつーに楽しんで聞いちゃうと思います笑
「いくよ!」という方は、コメントでもメッセージでもメールでも、なんでもいいのでお知らせいただけると嬉しいです。皆様のご来場、お待ちしております!でで、出来れば、以下のフォームから事前予約いただけると、ちょびっと安くご案内できます!(バンド名はKitchenで是非お願いいたします笑)
facebookページでも随時、リハの様子やライブ録音、情報などを発信をしております!
ちょっと細々と過ぎて、なかなか”いいね!”がたまっておりませんので泣
軽くポチっとしていただけると嬉しいです。
↓
あとあと、大学2年生のときから約8年間、愛機として弾き倒してきましたnord electro2がどうも最近、調子が悪くて… 修理だしたばっかりなんですけどね。接触が悪いのか、勝手に電源リセットがかかる症状から脱せず… キーボードの寿命ってどんなもんなのか自分もよく知らないのですが、大事に使ったつもりなのですが、ちょっと残念。ということで、今回のライブから2号機で参ります。乞うご期待。
2013/09/01
意思ひとつ
カッパドキア AM04:00
8月も終わって、気づけば今年はもう4ヶ月。久々に書こうとすると筆が進まないすね…w 夏はあっという間でございました。仕事的にももうすっかりさすがに、新しい会社にもなじんで何の問題もございません故、ここから先は完全に純粋に自分次第だなあと思っております。職場環境なんて、相対的なモノですから、何を見るかで不平不満はいかようにでも出てくるものだと思いますが、自分にとっては今の環境は仕事、やりやすいです。恵まれております。結果を出していきたいと思います。
バンドも、まあまあ上手くいっております。(オリジナルバンド"Kitchen"というのをやっております→Facebookページ)さすがになんだかんだ結成して2年経ってしまったので、初期から熟成してきたオリジナル曲はモノになってきたようで。学生時代に散々とコピーばかりやっていたので、それっぽい手癖でもってそれっぽいコード展開はすぐに書けるのですが、やっぱり何を表現したいかっていう極々私的な衝動みたいなものを込められるかが一番難しい。なにいってんだそれありきだろ!!と、いわゆるフツーにバンドってものをやってきた人からは言われると思いますが、僕のいたサークルはとても特殊で、他人様が書いた曲をiPodで聴いては「今度この曲やりたいね!」なんて、まあ発想が吹奏楽部の延長みたいなとこがあったもんだから、自分のやりたいようにやるっていう姿勢がとても薄弱に育ってしまうわけです。正確にいうと、その自分のやりたいようっていうのが誰かがやった”こんな感じ”であることに対してまったくなんら抵抗がない訳です。その分、かなーり客観的に、どんな弾き方をすると、どんな風に聴こえるかは分かるようになったんだけどね。長くなりましたけど、9/7にライブやるので来てください笑
夏休みはこないだちょろっといただいて、トルコに行ってきて。詳しいことはまあ改めて書きますが、いい時間でした。海外旅行なんて最たるものだと思うんだけど、行こうと思わないと行かないけど、行こうとさえ思い切れば、案外どこにだって行けるものだよね。時間とお金はそりゃ必要なんですけど、それだって行こうと思えばなんとか調整できてしまうことも多いわけです。
いろいろ大体は意思ひとつで人生は回っているなあと、最近尚のこと思うので、今年も残り1/3になっちゃいましたけど、この調子で気張って参ります。
2013/07/10
さよならGoogle Reader
さようならGoogle Reader
そういえば、Google Reader が今週はじめに逝ってしまった。”そういえば”程度っちゃあそれまでなんだけど、冷静に思い返してみると、自分の企画のパーツの大部分は、このツールから拾ってきたんだなあと思って、ちょっとだけ黙祷してみてもいい気分ではあります。
社会人2年目のときくらいに、一向に体系化されない自分の情報収集手法にいらいらと混沌を覚えて、企画のときも欲しいときに欲しいアイデアの引き出しが開けないというか、ぐちゃぐちゃというか。それと何よりも、「ある一つの編集方針を持ったメディアを定点的に観察し続けること」によってしか分からない変化や移ろいは、検索のような点の情報摂取じゃ得られない感覚だと思ったわけです。むしろ、情報はそういった時系変化が命で、「どう移ろっていくか」そのものにも、情報があるってことに気付いたわけです。
RSSリーダーで有象無象の媒体を、それぞれを明確に峻別せずにごった煮にしつつ、でも各々の更新を経々に見ていくことは、そういう「変わり様」という情報を得る上でとても面白い体験であって、いろんなことを知ることが叶ってきたわけです。朝出社して、PCを立ち上げて、まずざーっと見る。それぞれの個別の記事は大体は流し読みなわけですが、毎朝届く1000あまりのポストをざっとスクロールさせながら、興味のアンテナに引っかかったものにSキーでお気に入り登録をかけ、後で移動時間などにスマホから読み込む。そこからメモするものをエバーノートに移植し、いざ企画の時間のときに、そこを読み返して、情報同士を頭の中で交配させる… それが基本スタイルだったわけです。
Facebookやtwitterの台頭でRSSリーダー不要論もささやかれるようになり、それはそれで言ってる意味は分かるのですが、冒頭に申し上げた通り、「ある意志を持った編集体(個人だろうが組織だろうが)による情報発信の時系変化」を追っていくという情報観察には、やっぱりある一定の役割を果たしているということは今も変わらないと思っております。SNSでも情報の時系変化は追えるといえばそれまでなのですが、何というかSNSは自分にとってのタイムラインという新たな文脈がそこによくも悪くも出来てしまっていて、キュレーションの深度が違う気がするわけです。RSSリーダーのその無為にただ記事の更新をポストし続けてくれる感じが、好きってだけかも知れませんが。
同時に発信者としても、ある程度まとまった文量を意図を持って構築できる能力は、これからどんどん差がついてくると思うのです。今やLINEのスタンプだけでノンバーバルに友達とやりとりをすることが主流みたいな高校生たちだって出てきているなかで、「しっかりと自らの意図が伝わる文章を書ける」こと。これには、こだわっていきたいし、磨いていきたいなと思うのであります。
まあいろいろ書いたけど、あっさりFeedlyに引っ越したわけだけど。スマホでの操作性およびFavoritesの一覧性がいいですね。他にももっともっと高度なことが出来るRSSリーダーはあるわけですけど、これでいいかなしばらくは。引き続き、朝のインプットは続きます。
2013/07/08
Andreas Gursky展に行ってきて
こないだの週末、一瞬暇が出来たので、かねてより行こうと思っていた「Andreas Gursky展」に行ってまいりました。@国立新美術館 グルスキーの作品をはじめて知ったのは2年前の3/10。本トークというイベント(詳しくはこちら⇒旧ブログ)で、伊藤直樹さんがグルスキーの写真集を、マイベスト5な本の一冊として紹介していたことで知ったんです。その時は主に、例の有名な「RhineⅡ」についてのお話だったんだけど、是非一度、直に原寸でその視覚を体験したいと思い続けておりました。
アンドレアス・グルスキーがどんな人かの説明は、前書いたこのポストに丸投げするとして笑、特に感じ入った作品を、まあウェブ画像で見せても全く全然なんにも伝わらないし、これで観た気になってもらうのはこちらも心外っちゃあ心外なのだけど笑、載せながらレビュー。
[99 Cent] 1999
ロサンゼルスのディスカウントショップで。
無機質で規則的な水平構図に埋め尽くされた消費財の山と、
その間に散見される人の頭。
雑然としながらも個々の商品をはっきり視認できる。
スティッチング技法を使い、
現実よりも現実味のある、少し怖い画を切り出した作品。
~~~
[Nha Trang] 2004
タイトルのニャチャンとは、リゾートエリアとして有名なベトナムの海沿いの都市。
対外的には風光明美なその土地をタイトルに、
均質化されたカゴ編み工場の俯瞰を切り出した作品。
フラクタルな図形のような、反復が、
彼女たちの日常なんだと思うとちょっと怖い反面、
人間社会なんて俯瞰でみればこんなもんなんだろうなっていう、
諦念のようなものもちょっと感じる作品。
~~~
視覚って実は人間の五感の中で一番、信用ならない、だましやすい感覚であって、我々は都合よく脳内で補正をかけながら、人生の断片断片を画として覚えているわけです。グルスキーさんは、そんな我々の「脳的にはこういう風に見えているつもりになっている」画を、写真をいじくって加工することによって、目の前に実際の画として立ちおこしているわけで、なので一見するだけでは、「これの何がそんなにすごいっていわれるのよ?」「写真っていうより、被写体がスペシャルなんじゃないの?」っていう感想になると思うんです。だけど、まあこれは実寸大で実際に微視しないと中々気づけない感覚なんだけど、よく見れば見るほど、何かがおかしい。焦点の当たり方や、視野角の広がり方、見ている本人と被写体の相対関係… 絶対にこうは見えてないはずなんです、本当の人間の目からは。これは【実際に見える景色】ではなくて、【脳的にはこうである】の画なんだと、原寸で見るとふっと気づいて、それがまあ、何とも言えない感覚で、素晴らしかった。でも多分、【脳的にはこうである】は、要するに実際にはこう見えている、であるので、突っ込んだ言い方をしてしまえば、「人間の目では、本当の意味での真実はどうやっても切り出せない」のかもしれないけど。
[Paris, Montparnasse] 1993
パリ・モンパルナス地区にあるアパルトマンの写真。
スティッチング技法で加工されたこの写真には、
パースペクティブがなく、どの壁面に対しても等しく正面から向き合っているような、
不思議な感覚にさいなまれる作品。
(ビルのエントランス通路にはパースペクティブがあるように見える)
~~~
以前、チームラボの猪子寿之氏のセミナー(⇒このポスト)で触れられていた、「パースペクティブ(遠近法)の有無」についての文化依存度考察を思いだしたりしました。西洋絵画や西洋的な視界の定義・捉え方としてのパースペクティブは日本でももう当たり前になっていて、空間を捉えた時、どこかで1点の焦点に集約される形で奥行きを持って世界は捉えられがちなわけです。それに対して日本画は、パースペクティブが存在せず、全ての事物・事柄を全て真正面から捉えたような、焦点の定まらない空間処理をしてきたわけです。マリオのワールドマップや、初期のドラクエのマップなんかも完全にそうだと。
グルスキーさんは、パースペクティブを、写真をいじくることでぶっ飛ばして、「あるようでない風景」を作っているわけだけど、これもまたやっぱり、言われてみないとふとすれば分からないような世界なんだなと。猪子さんも言ってましたけど、「目に映るものは絶対で皆同じだと思いがちだけど、視界ですら、視界こそ、文化依存度が高い。”どう見えているか”は、”どう見てきたか”で決まる」っていうことを、この写真を通じて観る者に、ぬるりと突きつけてきている気がして、こういう物の捉え方が好きだなと思うわけです。
~~~
やはり思うのは、「見えているもの」の不確かさ・曖昧さ。そこにはいろいろな歪やギャップが存在していて、まだまだ沢山、【まだ知らない体験価値】が山ほど眠っていると思うわけです。そういう意味で、とっても示唆に富む展示で、行ってよかった。やっぱり実寸で観ないと、体感は出来ないですよ。PCの画面も【視界を構成する要素】として目に指し挟まっているわけで、それと、壁面に掲げられた作品を直に観るのは違うわけだから。9月中旬までやっている展示なので、お暇なときに是非見てみることをオススメいたします。
[Kamiokande] 2007
岐阜県にあるニュートリノ検出装置「スーパーカミオカンデ」
地下100mにあり、壁面には光電子増倍管が無数に均等配置されてます。
この作品は個人的にはどちらかというと被写体勝ちな気もするのですが、
やっぱり生で目の前にすると、圧巻でした。
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名称
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ANDREAS GURSKY | アンドレアス・グルスキー展
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会期
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2013年7月3日〈水〉→9月16日〈月・祝〉
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休館日
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毎週火曜日
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会場
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国立新美術館 企画展示室1E
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開館時間
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10:00-18:00 金曜日は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで
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主催
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国立新美術館、読売新聞社、TBS、TOKYO FM
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後援
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協賛
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大日本印刷
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特別協力
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ぴあ
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協力
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全日本空輸、Sprüth Magers Berlin Lond
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2013/07/06
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2013年上半期
今年の映画レビュー これまでのものはコチラ↓
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2011年7月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年1月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年2月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年3月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年4月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年5月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年前半
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年7月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年8月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年9月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年10月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年1月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年2月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年3月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年4月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年5月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年前半
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年7月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年8月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年9月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2012年10月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2013年1月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2013年2月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2013年3月
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2013年もあっという間の後半戦突入で、映画100本観るぞ企画もあと6カ月になったわけなので、どんなの観たっけ?を振り返るメモ。40/100ということで、10本遅れているペースですね、ははは。なんだか今年の前半は、去年一年間の転職テンパリ疲れがちらほら出てしまって、時間がないというよりも「気が向かない」って理由であまり映画観れなかったっていうのが正直なところなんですけど、まあとりあえず。
なんかジャケットが全体的にゴリゴリしてますねw 自分にしては珍しくSF作品が多いような気もします。この中で面白かったわ―って思って☆5つつけたのは…
の7つ。7つもあったのか、あまあまですね笑
ほとんど、「今更観ましたすいません」と言えるような大名作で、それらはやっぱり大名作だったと感じ入ったわけだけど、不意に良かったのは、「猿の惑星」かなあ。いや正直馬鹿にしてかかったわけですよ。タイトルとコンセプトが突飛なだけのマニア受けB級SF映画でしょうと。でも見てみたらすごく質のよい、これは前のレビューでも書いたけど、キレキレの星新一のショートショートのような、風刺と皮肉の利いた映画でした。ラストシーンの絶望感は相当決まってた(なぜそんな一番いいシーンをジャケットに書いちゃってるのかは不明…)。
今更っていう意味で言うと、断片的にしか観てなかった大作シリーズを一気観したのもいくつかありました。「ロードオブザリング」「スターウォーズ」は、中々重かったけど観たことある!っていう事実が大事な群なので、まあ良かったかと。ロード~~は陰鬱な感じがどうしても勝ってしまって、「ファンタジーは娯楽として明るくワクワク!が必須」と勝手な持論を抱えている自分としては、なんか観てて辛いなあと思っちゃったのが正直なところ。スターウォーズはその点、展開のテンポの良さと、登場人物の心情描写のバランスが絶妙で、改めてさすがルーカスでした。新しいスターツアーズに今こそ乗りたい気分。
~~~
早いとこ10本分の遅れを取り戻して、後半戦もたくさんいい作品を見たいですね。劇場にほとんどいけなかったというのも残念に思っているポイントだったりしますので、なるべくいろいろ観に行きたいね。『風立ちぬ』『清州会議』『許されざる者』『そして父になる』あたり、邦画がアツいと個人的には睨んでいるので、この辺は映画館に行きたいと思います。
仕事は迅速にテキパキとやって、業後映画というハッピーな感じがとっても好きなので、そのためにも、はい仕事頑張ります。
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2013年2月
今月の”観た!” ~年間100本切りへの道程~ 2013年3月
==
2013年もあっという間の後半戦突入で、映画100本観るぞ企画もあと6カ月になったわけなので、どんなの観たっけ?を振り返るメモ。40/100ということで、10本遅れているペースですね、ははは。なんだか今年の前半は、去年一年間の転職テンパリ疲れがちらほら出てしまって、時間がないというよりも「気が向かない」って理由であまり映画観れなかったっていうのが正直なところなんですけど、まあとりあえず。
なんかジャケットが全体的にゴリゴリしてますねw 自分にしては珍しくSF作品が多いような気もします。この中で面白かったわ―って思って☆5つつけたのは…
- 俺たちに明日はない
- ブルースブラザース
- スミス都にいく
- 猿の惑星
- スターウォーズ / エピソード4
- ビフォア・サンライズ
- ソードフィッシュ
の7つ。7つもあったのか、あまあまですね笑
ほとんど、「今更観ましたすいません」と言えるような大名作で、それらはやっぱり大名作だったと感じ入ったわけだけど、不意に良かったのは、「猿の惑星」かなあ。いや正直馬鹿にしてかかったわけですよ。タイトルとコンセプトが突飛なだけのマニア受けB級SF映画でしょうと。でも見てみたらすごく質のよい、これは前のレビューでも書いたけど、キレキレの星新一のショートショートのような、風刺と皮肉の利いた映画でした。ラストシーンの絶望感は相当決まってた(なぜそんな一番いいシーンをジャケットに書いちゃってるのかは不明…)。
今更っていう意味で言うと、断片的にしか観てなかった大作シリーズを一気観したのもいくつかありました。「ロードオブザリング」「スターウォーズ」は、中々重かったけど観たことある!っていう事実が大事な群なので、まあ良かったかと。ロード~~は陰鬱な感じがどうしても勝ってしまって、「ファンタジーは娯楽として明るくワクワク!が必須」と勝手な持論を抱えている自分としては、なんか観てて辛いなあと思っちゃったのが正直なところ。スターウォーズはその点、展開のテンポの良さと、登場人物の心情描写のバランスが絶妙で、改めてさすがルーカスでした。新しいスターツアーズに今こそ乗りたい気分。
~~~
早いとこ10本分の遅れを取り戻して、後半戦もたくさんいい作品を見たいですね。劇場にほとんどいけなかったというのも残念に思っているポイントだったりしますので、なるべくいろいろ観に行きたいね。『風立ちぬ』『清州会議』『許されざる者』『そして父になる』あたり、邦画がアツいと個人的には睨んでいるので、この辺は映画館に行きたいと思います。
仕事は迅速にテキパキとやって、業後映画というハッピーな感じがとっても好きなので、そのためにも、はい仕事頑張ります。
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