「学生の頃は映画監督になりたくて、その時からシナリオや構成に興味があった。実際に映像を作る中で、”ストーリーにおける文法”というものは確実に存在していると思った。」
「その”ストーリーにおける文法”を新しく変えるのが、テクノロジーなのではと思った。当時でいう、macやQuadro、カメラだとVX1000が、それまでプロの世界のものだった映像制作を、人々の手の届く形にして、それによって新しい文法がたくさん生まれたように。」
新しい技術による、新しい物語。今まで見たことも聞いたことも、体験したこともないような物語を、技術によって実現する、研究所。テクノロジーが目覚ましく発展していく現代において、その研究のフィールドは製品やサービスはもちろん、プラットフォームやコンテンツ、空間にまで、なんにでも介在する余地がたくさん残っていると伊藤さんは言います。
「近い将来、全ての電子商品の進化の先には、インターフェース化があると思う。それが意味することは、全ての商品に”コミュニケーション”が発生するということ。メーカーの人がプロフェッショナルではないその分野において、コミュニケーションのプロが生きていく余地、マーケットが広がる余地が大きいと考えた。」
電子化の先の、インタラクティブ性、やり取り。製品そのものの性能が上限まで達しつつある現在、その向こう側の体験を提供するインターフェイスとしての商品の向上という先見に立った場合、伊藤さんのいうことはビジネスの観点からしても至極全う。これは
猪子寿之氏が授業 (→
コチラ) で語っていたこととも符合します。商品・サービスにコミュニケーションが介在していく、いわば”消費経済3.0”みたいな未来を先見したうえで、コミュニケーションの物語を作ることと、それを新しい体験として実現するための技術力をもって設立されたのが、PARTYってわけです。
「新しい技術による、新しい物語」を作る。まだまだ始まったばかりではありますが、PARTYのアウトプットを実際に事例として取り上げながら、具体的にどういうことなのかを続いて説明いただきます。
Case1
【Toy Toyota "Backseat Driver"】
トヨタと共同で開発した、ちょっと遊べるゲームアプリ。
後部座席に乗った子供が、まったく新しい「運転ごっこ」できる。
実際、走行している道のりや施設などを抽出し、
コースやアイテムなどを配置。
走る距離やルートの応じてゲームの内容やポイントが変化していく。
子供に運転の楽しさを、新しい形で提供する作品。
この企画を立案するにあたってまず考えたのが、インサイト。伊藤さんは、「ほとんどの子供は、親のマネっことして”運転ごっこ”をしたことがある」という事実から、”子供は運転してみたいと思っている”というシンプルなインサイトを導き出します。人によって定義が少しずつ違う、”インサイト”という言葉。伊藤さんが考える、”インサイト”とは?
「インサイトとは、普遍的にみんなは、”実は”思っていることを探るという行為、もしくは思っていることそのもの。インサイトを見つけることは、具体のアイデアを考えることよりも断然重要で、それがないとプレゼンはなかなか通らない。」
インサイトを見つけるべく、PARTYでは「インサイト会議」なるものを行うそうです。会議自体に具体的なアウトプットのゴールを設けずに、参加者が気になること、ふと引っかかったことを徹底的に語り合う会議。ふとした疑問から普遍的なインサイトが見つかるといいます。で、伊藤さんおよびPARTYの独特の”インサイト”の定義づけはここから。彼らはインサイトを以下の二つに分けているそうで。
ユーザーインサイト × テクニカルインサイト
「既存の技術をどう使うか。”こんなことできない?” ”こんなことができたらもっとよくなるのに。” ”実はもう実現されてるんじゃないの?” などなど。テクニカルインサイトとは、こういうこと。そこに、新しい物語の紡ぎ方のヒントが潜んでいる。」
ToyToyotaの事例でいうと、実際に実装されている技術は【GPS】 【傾きセンサー】 【FoursquareのAPI】の3つがメイン。この技術の存在を知らなければ、この企画は絶対に成り立たないわけです。「
子供が後部座席で、実際の道みたいなコースをゲームで走れたら楽しそうだよねー!」という物語を紡ぐだけではダメで、そこで「
建物の位置情報はFoursquareのオープンAPIから抽出できますよ」と気づく人がいないといけない。”技術を使ってどんなことをしたいか・できるか”を考えることが
「テクノロジーに対する洞察=テクニカルインサイト」というわけです。PARTYが「物語技術の研究所」を標榜しているのは、こういうアウトプットを世の中に出して如何がため、ということ。そしてこの動き方を実現するためのドリームチームだってわけです。
新しい技術による新しい物語。それを実現するための考え方としての、「ユーザーインサイト」と「テクニカルインサイト」。ではそれを実際、仕事をするうえでのチーム作りとしてどのように担保しているのか。次の事例を通じて説明いただきます。
Case2
【androp "Bright Siren" PV】
新進ロックバンド「androp」 1stAlbumより、
「Bright Siren」のプロモーションビデオ。
250台のデジタルカメラの櫓を組み、ストロボをデジタルコントロールできる仕組みを構築。
ストロボの光でさまざまなサインを実現するとともに、
そこで実際に撮影された一部の写真をストップモーションで見せる。
Webサイトでは自分の任意のメッセージを表示できる
インタラクティブ性も担保。
技術性とビジュアルの両面において新しいチャレンジといえる意欲作。
この作品は、PARTYから川村真司氏と清水幹太氏の両名と、映像ディレクターの長添雅嗣氏によって手がけられたものです。特に川村氏と清水氏の役割について、伊藤さんはこう整理します。
「どんなプログラムを使って、どんなビジュアルを作るのか。プログラムとビジュアルを同時に考えて、フィジビリティを検証しながら同時に作っていく必要がある。そのためにPARTYは、CD-TD制でチームを組むことが多い。」
この場合はCD(=クリエイティブ・ディレクター)は川村氏、TD(=テクニカル・ディレクター)は清水氏というわけです。その座組みはそのまま、「物語」と「技術」を研究するPARTYの目指すところを体現してるってわけ。その二つの役割がシナジーするうえで、伊藤さんは
「ビジュアルランゲージ」の重要性も併せて話しておりました。
「アイデアを考えるときに、ビジュアルを見つける力。”画が浮かぶ” ”自分でやりたいことが自分で視覚的に見えている” ことは超重要。それがなければどんなに文字で説明しても相手の頭に完成図は浮かばない。」
「必ずしも企画書上にポンチ画が書いてある必要はないが、画で考えるのはマストだと思う。それが弱い人は克服した方がいい。写真を撮る、画を書く、イラストを描くなどなど。なんでもいいのでクセをつけよう」
物語を紡ぐ人と、技術でそれを実現しようとする人。両者をつなぐのは「で、何が出来上がるのか?」「どういう世の中になるのか」という、ビジュアルというわけです。そこがイメージできていないアイデアは、理屈からしか成り立っていない恐れがある。人それぞれ、考えのクセや過程は異なるし、異なっていていいと思うんですけど、新しいことを世の中に具現しようとするのなら、どこかのタイミングで必ず、ビジュアルで発想する必要はあると伊藤さんは言います。
「アイデアは結構、非言語で形づくられるが、考え始めは言語で考えることが多いと思う。インサイトも洞察なので、つまり言語で整理している。大事なのは言語での思考を経て、非言語の画に昇華すること」
世の中に存在しているものはすべからく「具体的」なわけで、下手でもなんでもいいので、そこを非言語でとらえて、非言語的に共有すること。とかく”誰も見たことのないモノ”を作るのなら、マストというわけです。ついつい言葉だけで机上の空論をこねがちな自分は、ここは激しく自戒ですね…
伊藤さんといえば、
体験・身体性。広告というフィールドに縛られる必要がなくなった今年の、もっとも象徴的といえるかもしれないアウトプットを紹介しながら、これからのコミュニケーションの形について話してもらいました。
Case3
【COG】
10月にオープンした有楽町ルミネの地下の【WIRED CAFE<>FITに設置された、
「有酸素運動×エンターテイメント」を形にしたバイクプログラム。
トレッドミル本体だけでなく壁や扇風機など、
空間すべてがインターフェースとして利用者と呼応する。
ハンドル面に設置されたiPadからは実際に屋外を走るかのような、
さまざま”疑似風景”が流れ、そこでのシーンに合わせて、
巨大扇風機から風が送り込まれる。
壁のLEDやBGMなど、全てが、
「ただ一定時間漕ぐことを耐え抜く」だけだった従来のトレッドミルを、
楽しく体験できるものに変えた、これまた意欲作。
「スポーツが大好きなので、スポーツシーンがダサいのが許せない。ジムのトレッドミルもダサいし、退屈。それを変える余地があるのではないかと思って取り組んだプロジェクト。」
自身もトライアスロンにいそしむほどの超肉体派の伊藤さん。プライベートで実際に伊藤さんについているトレーナーの湯本優氏とも協働してこの作品は出来てるわけです。この作品の最大の特徴は、トレッドミルだけでなく、
トレーニング空間全体をインターフェースと捉え、ここでしか体験できない「物語」を立ち上げている点。”体験と物語”について伊藤さんはこう話します。
「体験をデザインする。いわば遊園地のジェットコースターやお化け屋敷を設計するような。人の動線を考え、動きを夢想し、そこでの人のアクションとそこから立ちおこる感情をも設計する。そこには環境と人とのインタラクティブなやり取りがあり、特有の物語が立ち上がり、それこそコミュニケーションだと思う。」
インタラクティヴというと、特に広告業界では「ウェブ・ネット」を思い浮かべる人がまだまだ多いですが、伊藤さんは「
相互作用が存在している」というもっと上位のとらえ方をしているわけです。そしてそこには「技術による万物のインターフェース化」の未開の地が広がっていて、PARTYはそこに実験精神をもって挑もうということ。そこにはもはや広告かどうかという垣根はないんだろうなあ。(とはいえ、広告畑の人たちですからその手の作品が多いのはこれからもそうなんだろうけど)
物語と技術。クリエイティブとテクノロジー。言語と非言語。これまでなかなか同時に語られることのなかった二極を、新しい形で結びつけて協働していくことが彼の大きなテーマなんだと思ったわけですが、最後にまとめとして伊藤さんはこういいます。
「文系と理系。文化系と体育会系。文学性と工学性。今までは何かと対立構造で語られがちだったが、これからはこの両者がコラボし、垣根を越えてこそ、新しいことを実現するチャンスに多く巡り合えると思う。もちろん一人の人が両方できるのもよし。」
新しい企画を世の中に出すための、新しいプロセス、新しいチーム。今年は彼自身も新しい1年だったと思うのですが、そんな中での新鮮な話を聞けたのは収穫でした。以上!