前回までのログ
東京企画構想学舎 伊藤直樹学科 授業ログ No.01 (伊藤直樹氏)
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初回の授業(2010/10/04)は学科長の伊藤直樹氏から、アイデアの発想術についての講義でした(詳しくは上記過去ログ参照)。今回は伊藤流「企画の思考術」の後編、「アイデアを実現するコツ」について講義。アイデア発想法については関連書籍も多く出ているジャンルですが、そのあとの実現フェーズについて、伊藤さんの生の話を直接伺えたのはとても濃い経験になりました。
現実的か、夢をみるか
最初にまず前回の宿題、「アイデア11訓で、自分が得意なフェーズ・苦手なフェーズを考えて理由と共に発表しよう」からの始まり。30人弱の生徒がそれぞれ発表したんですが、【数出すのは得意だが、どれも荒唐無稽すぎて形にできない】【最初から実現可能性にとらわれて、新しいアイデアが浮かばない】【ついついアイデアに固執してしまって引き算が出来ない】【どれがいいアイデアなのか、自分の中で判断が出来ない】などなど、いろんなタイプのアイデアリテラシーが出てきたわけです。
大別してしまうとつまりは、発想の段階では【夢か、現実か】の大きな究極の選択があり、非常に難しい問題だと伊藤さんは言います。二極のバランスをいかに自覚的に行ったり来たりできるか、自分の傾向を理解できているかこそが唯一の対策であって、そのための宿題だったというわけ。 プロセスを一度わけて考えるようにすると、整理がしやすいかも。
僕もそうだったんですが、日本人は、リアリスティックすぎて、面白くない傾向が強いと、ワイデン+ケネディでグローバルチームに身を置いて改めて感じたと伊藤さんはいいます。どうしても“空気を読んだアイデア”になりがちだと。それに比べて外国人は、無邪気でフィジビリティが飛んでる、“翼が生えたアイデア”を出す人が多い。特に僕みたいな典型的日本人的アイデア体質の人は、自分のクレイジーを引き出す方法を知ってると強いと伊藤さん。「風呂場で熱唱する」「自動車で高速道路を飛ばす」「ゲームやる」などなど、なんでも手段は問わないので、“理性のリミッターを外して子供に戻る時間”を意識的に持つことは、大いに発想の栄養になるということでした。
リミッターが外れた状態で生まれる、【無邪気なアイデア】は言い換えると、【構想されてないアイデア】。“二ヶ月続けるのに、ある一瞬しか考えてないキャンペーン”とか、“店頭のことだけ考えていて、その人が家に帰ってどうするか考えていていない商品コンセプト”とか。つまりそのままでは、【お金が払えない】アイデアというわけです。伊藤さんは、相手を常に想定して、構想を練っていくと言います。
『クライアントが聞いてくるところを、先回りして補完する。つぶす。どうやったらそのアイデアに乗っかるという覚悟を勝ち取るか。確信をあげたい。KPIまで含めて提案しないと。おぼろげに何となくいいと思っているレベルでは買えない。アイデアが買われるように育てる。クライアントのツッコミに答えられない時点で、アイデアが死ぬ。』
『自分のアイデアをつまらないと言われるとついムッとしがちだが、そこで怒ってしまうと、説得にかかってしまう。ダメ。アイデアの裏にある、試行錯誤の痕跡こそ大事だし、優秀な人には透けて見える。合気道のように、相手の指摘を吸収する。質問が多い時点で、そのアイデアには穴が多い。その質問にその場でそれっぽく答えても、そもそものアイデアがダメかも。』
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実際に形にしていくということは、つまりだれかがリスクを取るということ。お金、時間、労力、社会的評判などなど、それらのリスクを自分以外のだれかを巻き込んで犯すのも、「企画」の持つ性格の一面。その上で、伊藤さんは徹底的に実現プランを詰めます。最初のプレゼンで相手のすべての疑問・不安に一発で応えられるように。企画者、プロデューサーにありがちな、「よさそげなコンセプトだけ出して後は放置」するのではなく、世の中に着地するところまで完全にプランニング・ディレクションを一人の頭の中で練りきる。「企画」というものの定義をここまで視野広く見るということのしんどさと大切さに吃驚な前半でした。
事例を通じて
後半は、実際の事例をピックアップしながら、特に実現の段階でどんな苦労があり、どんな心構えでそこを乗り切ったかを説明してもらいました。
ケーススタディ1. Love distance
2009年カンヌ国際広告祭で日本勢としては1年ぶりのフィルム部門ゴールド獲得他、多くの賞に輝いた当キャンペーン。企画者である伊藤さんから、企画プロセスを語っていただきました。
「LOVE DISTANCE」は、東京と福岡で遠距離恋愛中の男女が12月24日に日本のどこかで再会うことを約束して、その距離10億ミリ(1000キロ)を走り出します。
およそ一ヶ月弱、二人の走りは全てライブ映像で配信されます。
また、二人のメールやライブチャットのやりとりも同様に公開され、これに感情移入したユーザは、応援メッセージを送り届けることも可能。
本キャンペーンは、広告であることを事前に開示した上でスタートするものの、最後までクライアントは明かされません。
12月24日、走り抜いた二人は無事出会い、はじめてクライアントである0.02mmの世界最薄コンドームメーカーのサガミオリジナルが紹介されます。
「それでも愛に距離を 0.02mm」、というのが大まかなストーリーの流れです。
まず、コンドームは商品性のためにあまり人が表立って話題に出さないという難点が先方オリエン内容にあり、そこをいかに打破するかが今回のチャレンジだったわけです。その難題に対して、『クライアントを隠した方がバズになる』というソリューションを発想し、最後の一瞬の種明かしの盛り上がりにアテンションを集中させるという企画の大枠がオリエンからまもなく決まったそうです。
では、CMなしで、クライアント名を伏せて、どうやって注目を集めるか?そこで、綿密かつ大胆なPRの戦略提案をしたわけです。
・ 最後まで明かされないクライアント名
・ 坂本龍一への楽曲依頼による話題化
・ 「LOVE DISTANCE製作委員会」を通じて発信される出演者募集の仕組み。
新聞・雑誌に求人広告のようなテイストの告知を出し、話題化
・ 遠距離恋愛の日(12-21)にあわせた、「遠距離恋愛に関する意識調査」の調査リリース配信。
mixiニュース、Yahooトップなど莫大な露出を稼ぐことに成功
・ サイトにアクセスしたユーザへの制約の設け方とこれによる感情移入の強化
・ 1ヶ月をかけて完成される「リアルタイム・インタラクティブ・ドキュメンタリー」CMと言う発想
などなど。これら全ての構造を、初回の提案時に完全に完成させていたといいます。どこに何をどのようなテイストで仕掛けると、誰がどういう感情を伴ってどのように動くのか。それを、完全に慮る、しつこさ。企画者たるもの、ここまで考えつくさないと新しい価値を世の中に生み出すことはできないと伊藤さんは言います。
さらに、実際にディレクションの段階に至っても“企画”は続きます。コンテンツの性質上、普通にディレクションすればCMプロダクションへの撮影費だけで破綻してしまうという“予算の壁”に対して、『TV番組制作会社に発注する』というソリューションを思いつき、裏を取るところまで自分のディレクション下で確実にやったという伊藤さん。予算にはまる算段がついたところでプレしたそうです。
『純目で考えたらお金がはまらない中、なにか手を探す。そこも企画術。仕組みを作る。この企画は、『こういう企画考えたんで見積もりください』だけでは絶対に実現できなかった企画。安くできないか、自分でアイデアをだす、つっつく、考え尽くす。』
『アイデア発想まで2週間。1案だけ出した。奇襲戦法ほど、ディテールを詰めないと乗ってくんない。ただの無邪気なアイデアに見えて終わってしまう。徹底的に詰めきること。』
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『薄さ0.02mm』という商品特性を、薄さではなく“距離”と捉える着眼。“距離”から、男女の距離へ、そして遠距離恋愛へのジャンプ。そこから発想したクリエイティブコンセプト【男女の遠距離恋愛をテーマに、コンドームの薄さを表現する。】 さらに、そのコンセプトの面白さを確実に、忌避されずに、広くあまねく伝えるための徹底したPR戦略と、実施・実現する上での地道で見えない工夫・知恵。伊藤直樹が標榜する、「企画の価値」が見事に凝縮された事例でした。
ケーススタディ2. Chalkbot Nike Livestrong Foundation
これも有名な企画ですね、内容は下の動画に譲って割愛します。伊藤さんによる企画ではないですが【実現までの障壁の多さと、そこに対して練られた工夫の精度・緻密さの高さ】から事例として取り上げました。
アイデアを発想するフェーズにおいては、『道に書く』というのがブレイクポイントだっただろうと伊藤さんは推測します。
『ガン励ましメッセージ募集!くらいなら誰でも浮かぶ。インパクトのある企画には、インパクトのある実施のビジュアルイメージがあるはず。そこを捕まえられるか。これだ!と思えるかどうか。』
“道にガン励ましメッセージが書きつなげられ、その上でツールドフランスを実施する”という画が浮かんだ時点である意味勝っていると伊藤さんは言います。しかし、伊藤さんがこの事例に対して素晴らしいと評価している点はそこから先のフィジビリティについて。
・ 何で道に書くのか?書きっぱなしというわけにはいかない
・ ペンキで書いて、後で洗浄車で洗い流せばいいのでは?
・ ペンキは環境汚染につながるので、できれば避けたい。
・ チョークなら石灰なので環境汚染にはならない。なにより、勝手に落ちる。
・ でも手で書いていったら日が暮れてしまう。機械で出来ないか?
・ ではどこに発注してそんな機械を作ってもらえるのか?予算は?
・ ペンキよりチョークがいいのってなんで?予算にはまるの?
・・・・
このようなやり取りを、ひたすらにひたすらにやったに違いないと伊藤さんは言います。結果として、“発想はシンプルだが、誰もこんなことが実現できると思わなかった”ような、強く新しい企画が実現できたということです。
『分かることと、まだ分かってないこと。分かってないことをどう潰していくか。法務、訴訟など、リスクヘッジまでも提案時までやり尽くす。なにを求められるか。なにを聞かれそうか。』
『たとえば富士登山と一緒でいろんなケースを想定して準備する。準備が足りなかったら、そこで死んでしまう。無邪気なアイデアは、手ぶらで富士山を上るようなもの。普通の人間だったらそこまで考えないというような域まで、いかに考えつくして到達できるかが、企画者としての質につながると思う。』
『企画書に乗ることだけがアイデアではない。そのアイデアを実現するためのアイデアも必要。それがないと結局実現できない。根掘り葉掘り検討しないと実現しない。それが”アイデアを実現する”ということ。実現できなかったアイデアはないのと一緒。』
実現まで責任を持ち、そこにおいても高次のクリエイティビティを発揮してこそ、「一流の企画者」である。伊藤さんの企画に対する本気の熱を体感する講義でした。
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講義の最後に伊藤さんは、『あらゆるジャンルの”はじめて”は、当初は異端である。』といいました。みんなが出来ないということを、何とかして実現する道筋を立てること。そこには、それまで誰も思いつかなかったような“実現する上でのアイデア”が必要なんですね。
映画「ソーシャルネットワーク」で、フェイスブックの着想をザッカーバーグに不当に盗用されたと訴えるウィンクルボス兄弟というキャラクターが出てくるんですが、彼らの、「フェイスブックは我々のアイデアだ」という訴えに対し、ザッカーバーグはこう応えます。
「じゃあ、作ってみなよ」
出来上がったものに対し、「俺もおんなじことは考えてた」とか、「先に俺のほうが思いついてた」というのは簡単です。でも、たとえそれが事実だとしても、最後は形に出来た人に価値がある。第一回の授業の内容にあるような、しつこいほどの発想プロセスを経て出てきたシンプルで強いメッセージを帯びたアイデアを、地道で緻密でしつこい実現プロセスを経て世の中に出す。個人的にとても好きな、「ジェファーソン記念碑の逸話」をふと思い出しました(別の機会にご紹介します)。
「人と同じことは絶対にやらない」という強い信念と、課題解決のための最善手を探りつくす忍耐。企画者は孤独だなあと思いつつも、安易に人や他の企画に寄りかからず、孤独に考えつくす地力の必要性を学べたことが、一番の収穫でした。
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次回の授業からは伊藤直樹氏が選りすぐった「一流の企画人」である講師陣がオムニバスで登壇し、課題を出してくる流れになります。第3回は建築家の中村拓志氏。伊藤さんは、「皆それぞれに全く違う企画術を持っているので、違いから学びを得て欲しい」とのことでしたが、一流の企画人には、ドメインを超えた共通点があるということが、さっそく垣間見えた授業だったわけです。また、近々更新します。
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