2011/06/07

東京企画構想学舎 伊藤直樹学科 授業ログ No.05 幅允孝氏 (2010/11/15)

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東京企画構想学舎ログの第5回目。今回はBACH代表のブックディレクター・幅允孝氏が講師です。【本】というドメインをベースに、「今、届いていない商品やサービス・それらが帯びている価値をどうやって届けるか?」という切り口で、企画について、偏愛あふれるレクチャーでした。

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幅 允孝 (ブックディレクター)
BACH(バッハ)代表
人と本がもうすこし上手く出会えるよう、様々な場所で本の提案をしている。
六本木ヒルズ「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」、新宿マルイアネックス「Brooklyn Parlor」、
東北大学の「book+cafeBOOOK」などのショップにおける選書や、
千里リハビリテーション病院、スルガ銀行ミッドタウン支店「d-labo」のライブラリ制作など、
その活動範囲は本の居場所と共に多岐にわたる。

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人と本にもう一度、よい出会いを

そもそも【ブックディレクター】という肩書き、あんまり聞いたことがない。幅さんいわく、「おそらく自分だけ」しか名乗っていない職業だという。本当のところは自分から名乗り始めた肩書きではなく、取材される上で便宜上、編集者の人につけてもらったのが生き残っているだけらしいのだが、内実は一言でいうと、”本を届ける仕事”ということになる。
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「自分の好きな本をほかの人とも共有したいと願う。シンプルな気持ちが自分を突き動かす”初期衝動”になっている。ただただ、自分が面白いと思ったものを人とシェアしたい。そこからすべては始まっている」
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埋もれてしまってなかなか出会えない一冊を、その本を本当は必要としているであろう人に、受け入れてもらえるタイミングと環境を設えて届ける。本という明確な商材はあるにせよ、幅さんにとって企画とは、コミュニケーションであると言う。そして意外にも、そこにスポットを当てて生業としてきた人が今までいなかったということ。
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職業を開発するのも企画のうちだと思う。今まで誰も見える化できなかった価値や役割を自分を通じて世の中に発信・顕在化していくこと。そこには信念と、新しい視座と、お金につなげる知恵が必要なわけだから。」
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そんな幅さんは、大学時代に本の研究をしていたわけではない。大学では法学部に所属。文学部の美術美学史科のゼミにも籍を置きつつ、様々な面白いモノ・コトに自由に触れる時期を過ごす。そして1年間の世界放浪を経て、就職した先は青山ブックセンター。新書店の現場でコーナーを設営したりバイイングを担当する経験で、いかに本を売ることが大変なことなのか思い知った。
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「日本の書籍市場は、売れる数は減っているのに新刊の発行点数は増えている。つまり新刊が多すぎる。再販価格維持制度、返品制度もあいまって、とりあえず新刊を刷って書店に卸すことで自転車操業してきたことの表れ。このままの売り方では、然るべき人に然るべき本が届かない世の中になってしまう」
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人と本にもう一度、よい出会いを。そして、人が本屋に足を運ばないならば、本が人のいる場所に出て行くべきなのでは・・・ 幅さんの関心は本そのものだけでなく、その本を届ける方法全般へと俯瞰視されていった。




「磁場」を慮る

では、然るべき人に然るべき本を届けるためには、どのような環境が必要とされるのか・・・ 幅さんが大事にするのは、【それぞれの場所に存在する”磁場”を慮り、その場所に最も似つかわしい本を置く】 ということ。
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「好きな本をただそのまま薦めても、おせっかいにしかならない。届けたい相手が両手を伸ばして、届く範囲内に本を配置しなければいけない。届けたい相手に対する徹底したインタビューで相手との距離を測り、縮めていく。」
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例として話してくれたのが”宝島とONE PIECE”の話。とある地方の教育イベントで子供たちに本を薦めることがあった幅さんは、小学校高学年の子供に是非読んでほしいと思っていた、ロバート・ルイス・スティーブンソン著【宝島】をセレクト。ただこれをそのまま小学生にプッシュしても興味を持ってもらえないだろうと思った幅さんは、
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「この本には、あの"ONE PIECE"に登場するキャラクターと同じ名前がたくさん出てくる。もしかしたら、この本を読んだらONE PIECEのこれからの展開のヒントが見つかるかも知れないよ。」
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と言う。ONE PIECEは事実、いろいろな海賊創作へのオマージュをふんだんに盛り込んだストーリーになっているので、あながち嘘ではない。いきなり相手の手の届かないところの物を薦めるのではなく、まずは手の届く範囲の中にある本から、手の届く範囲そのものを広げていく。本を使って本を届けるという幅流のアプローチが垣間見えたエピソード。では実際にディレクションした「本のある環境」の例をひとつ。


駿台予備校東大コースの本棚

予備校エントランスにある本棚のリニューアルのオファー。
まずはそこに通う東大志望の学生10人にインタビューしてみたところ
『とにかく東大に入りたい。』
『とにかく時間がもったいない。』
と、インタビューにもしぶしぶ協力してくれた感じ。
受験モンスターと化した彼らは志望度は高いものの、
「そこで何が学べるか?」「将来何になる下積みができるか?」
「そこで何をしていきたいか?」など、
”東大そのものの中身”を全然わかっていなかった。

そこで幅さんはまず、
①東大教授の著書をとにかく集めた
何を学べる学校なのかを、東大教授著書を並べることで
リアルに知ってもらおうと思った。
②東大学生発行のフリーペーパーを集めた
どんな学生がどんな学校生活を送っているのか、
リアルに知ってもらおうと思った。
③東大OBの著書を、あらゆる職業別においた
東大卒業後に何になれる大学なのか、
何を学んだ人たちなのかをリアルに知ってもらおうと思った。

東大志望の”熱いが薄っぺらな思い”を、
リアルなものに昇華するという一貫したコンセプトに則った場の設計。
あれだけ”時間がない”と言っていた予備校生たちだったが、
本棚の本は順調に貸し出され、
より中身のある志望動機を伴って受験に励む生徒が増えたとのこと。





予備校という場所の持つ特有の磁場と、そこに集う人たちの特性をしっかりと捉えた上で、然るべき本を届ける。そうして、本を触媒にその人の好奇心が広がっていくお手伝いをすることが、幅さんが本質的に目指すこと。ちょっとしたことのように感じるかも知れないが、非常に面白い着眼の価値創造だと個人的には思う。
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好奇心とは、閉塞した既視感を突破する唯一の方法。新しい興味に出会ったら、好奇心の地図を描いたほうが、人生が楽しくなると思う。そのお手伝いができたら素敵だと思うし、うれしい」
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幅さんいわく、情報を得る方法は、どんどんワカサギ釣り的になっているとこのこと。無数に散る穴の断片ばかり見ていて、その下で大きな海が繋がっていることに無関心になっている人々。便利に思うがままに情報がゲットできる世の中になりすぎたがゆえに、遠回りがつれてくる好奇心がしぼんでいるような気がすると幅さんは言う。
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「興味と興味が図らずもぶつかり、つながる瞬間こそ、ものを知る喜びを感じる瞬間だと思う。新しい未知が、きちんと自分の地図に書きこめるかどうか。興味をもっとチェインしよう。個別の疑問をぶつ切りにグーグルに聞くのではなく、もっとチェインさせようといいたい」
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好奇心を誘発させる、”エディトリアル発想”


ここで再び、実際のお仕事から実例を出しつつ、「好奇心を誘発させる場の作り方」について、解説を。


TSUTAYA TOKYO ROPPONGI
従来の書店と違う価値を体言したいということで、
クライアントから提示されたコンセプトが「ライフスタイルの提案」
そこで、【旅】【食】【デザイン】【アート】という、
4つのライフスタイルテーマによる本の陳列を考案した。
それに基づいて、バイイングした本のセグメントの再編集を行っている。

たとえば、インドのコーナーに、
「インドが舞台の小説」「インドで撮った写真集」「インド料理のレシピ本」などなど・・・
ひとつのテーマに対して、様々な切り口の本を多角的に提案することによって、
既存の本や情報のリンクではないような、興味と興味のぶつかり合いを見せた。


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「1冊の本はあくまで1冊の本でしかない。しかしそれが何冊か連なることによって、とても雄弁なメッセージになりうる。たとえば彼女の家に行って、彼女の本棚を眺めて、彼女自身のことをどんな人間がうかがい知るような。そのようなメッセージの作り方、そしてそのメッセージに触れたときに起こる好奇心の波紋を、設計したいと思っている。
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TOKYO'S TOKYO
羽田空港内にあるエディトリアルショップ。
空港から旅立つ人、降り立った人がターゲット。
「本によって旅の好奇心をより膨らませられないか」というコンセプトで、
本棚の選書・設計を担当した。

ここの本棚は決して品揃えで勝負しているわけではない。
むしろ、スカスカに近いくらい、本の種類は少ない。ではどう選書しているのか?
たとえば、「東北にいくなら、Best3」という本棚の1位を、
「風の又三郎」にする。
行き先別の本の展示 + ランキング形式の厳選展示を、幅さんの独断で選書。

行きの機内で風の又三郎を読みながら東北の地に降り立つと、
そこでの風に、風の又三郎を感じる
そんな読者の価値観や本の外の世界を揺さぶるような提案を狙った。

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「個人的な思いもあるけど、風の又三郎はもっともっとみんなに読んでもらいたい本だと思っている。でも従来の本屋の陳列では、【文庫→ま行→宮沢賢治】という流れでしかたどり着けない設計になってしまっている。従来の本屋の提案で風の又三郎にたどり着く人と、TOKYO'S TOKYOでの提案では、感じ方が全く違うのではないか。出会い方の演出次第で、内容から感じ取ること自体も変わってくると思う」
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これらの仕事を通底する幅さんの視座に、「エディトリアル思考」があると本人は言う。たとえば、『セレクト』『エディット』のものの見方の違いについて。セレクトショップとは、世界中のものを見渡し、そこからものを”選ぶ”ことに力点を置いているのに対し、エディトリアルショップとは、”世界中のものを見渡すが、その選んだものを何と並べるか、どのような環境に置くのか”に力点を置く。プレゼンテーションする環境までも考え尽くし、そのプレゼンテーションの場で初めて生まれる新しい価値をも創り出す。幅さんは、セレクト思考からエディット思考に今後、世の中の価値の持ち方は動いていくのではないかと。
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「見たことないものの持つインパクトと驚きはすばらしい。でも、”見たことはあるけれど、良く知らないもの”の素晴らしさを再発見してもらう視点が再評価される時代に来ていると思う。”見たことないもの”が時代は便利になるにつれどんどん減ってきている中、エディトリアル思考を持って価値を作れる人は、人の生活を豊かにする鍵を持っているのではないか? ものの持つ”機能”よりも、”役割”に注目していきたい。」
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 エディトリアル思考のすべての出発点でもあり、ものの届け方を考えることの原点は、”そのものの領分を知ること”でもあると幅さん。領分とは、そのもの特有の価値のこと。幅さんは、ご自身が大好きな”本”というものの領分を、


1.長持ち
2.責任の所在がはっきりした情報のパッケージ (主語がはっきりしていない情報はどんどん伝わらなくなる)
3.細かなニュアンスを伝えるピンポイントなメディア (テキスタイル、フォント・・・)
4.遅効性 


だと整理している。Webマガジンや電子リーダーが当たり前になる未来が近づいている今だからこそ、紙の本のいいところ・悪いところを冷静に見つめなおす。どんなに偏愛していても、どんなに目の前の課題が難関でも、そのものが本来持っている”領分”から離れないようにいつも自分の手に取ってそれを確かめているという幅さん。好きなものこそ、ある程度俯瞰してみる目を忘れずに持っていたいと、じっくりと語ってくれた。



電子リーダー時代の、本の在り方

最後のトピックとして、ブックディレクターとして電子リーダーをどう捉えているのかを少し話してくれた幅さん。電子リーダーの登場によって、読み方、記憶の保存の仕方が大きく変わるだろうという予想を披露してくれた。
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「本がデータになっていく。図書館のあり方もその流れを無視できない。それによって、記憶がヒトの体からどんどん遠いところに行きつつあると感じる。でもあくまでも人間が主体で、本もリーダーも道具でしかない。主従がひっくり返ってはいけない」
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情報の取捨選択の方法論を明確にしなくてはいけないと幅さんは言う。電子リーダー時代の情報リテラシーのあり方。紙束、リーダー、図書館のそれぞれに領分があるはずで、それを個人個人がいかに解釈するか。そして提供する側はそれぞれの領分を十分に理解したうえで、それがもっとも活きる形で、引き続き本の魅力を届けていけるか。本を取り巻く環境は複雑さを増しているが、停滞している本を取り巻く環境に一石を投じるいい機会なのではとも、幅さんは言う。その上で、電子リーダーの功罪(領分)を以下のようにまとめてくれた。

電子リーダーの功罪
1.情報の分断・物語の分断
  ・・・ 物語の結論だけ読めてしまう世の中。文章単位でグーグルの検索対象に?
2.身体と情報の隔たり
3.文体自体の変化
  ・・・ 表音と表意。紙×モニターとの相性。大きくて複雑な物語はリーダーには向かない?
4.本棚がなくなる or 神格化
5.PC的情報摂取の焦点距離がより近くに。(日常のもの)
6.「時間的距離」がなくなる。全ての情報がフラットに。(”絶版がなくなる””古典の敷居が下がる”など)

電子リーダーが引き起こす読書文化の変動を考える上で、幅さんは読書という行為の身体性に注目している。『椅子に座ってページをめくる』『ページによって違う、指に跳ね返ってくる紙の質感やにおい』『本棚のタイトルを眺めるだけで、その本を読んでいた当時の思い出までも一緒に立ち上がってくる目の身体性』などなど。身体が呼び起こす記憶や思考が、電子リーダーによって違う形に変わっていくことを幅さんは今後も注意深く観察していきたいと言った。


もうひとつの視点として幅さんが大事にしていきたいものとして、「不便さ・偏り」を挙げられた。”便利”の対極にある価値の見直し。たとえば、食べログの登場によって、隠れ家レストランがどんどん減ってきているらしい。地元のヒトしか知らない名店が、ある日TVに取り上げられたことによって大混雑になってしまうようなことは、果たしてハッピーなことといえるのかどうか。「秘め事」の大事さを、本を考える上でも忘れずに持っていきたいと幅さんは言う。
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「たとえば、夏目漱石の”草枕”。この本を紹介するときに著者・出版年・あらすじなどの、いわば”当たり前”の情報をいくら言われるよりも、『斬新かつ奇怪なスタイルで有名なピアニスト、グレン・グールドの死の床においてあった一冊』と紹介されるほうが、人によってはより自分に距離の近い、好奇心をそそられる紹介になるかもしれない。情報と情報を、少しひねった”変”な感じにつなげる。適度なギャップを設計する。そのほうが、人の記憶に残ることは多い。」
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検索エンジンにはできないアナログな”偏り”に価値を見出す。幅さん自身が持つ本に対する”偏愛”が、この時代だからこそ求められているのではないかなという授業だった。


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最後に、『企画する』ということについて、質疑応答を交えながらのお話。


Q.企画を考えるとき、まず何からはじめますか??
A.まずゴールを設計する。パッションともいう。極々私的な”初期衝動”が強いときほどいいものができるし、がんばりが利く。


Q.どうしても自分が好きになれない本を薦めなくてはいけないときはどうマインドセットしますか?
A.本にも情報にも、「良い悪い」はなくて、「今の自分に合う/合わない」があるだけで、つまり自分の気持ちの開き方次第では、どんな本でも面白がれるはずだと思っている。尊敬する淀川長治氏の映画解説は、どんなつまらない映画でも必ず面白いポイントを見つけ出し、それを呈示してくれた。あれが理想。「どう思うか」がすべてで、本屋に行って楽しくなかったら、悪いのは本屋ではなく自分なのではと最近は思う。だから、心身ともに健康体でありたいと思うし、「体がその本の面白さを見つけられるような万全の状態であること」は非常に重要だと思っている。


Q.本を読む上での、アドバイスを。
A.好きなものを増やす。これは素晴らしいこと。そして注意として、分かっちゃった気にならない。多読の人は特に注意する。

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講義から、考えたコト

柔和な姿勢で滔々と講義してくださった幅さん。彼から何よりも感じることは、「この人は本当に本が好きなんだなあ」という、本に対する偏愛。好きだからこそ、本気で真剣に深くしつこく考えるし、自分の考えた企画によって自分の好きな本が人に届いたときは、きっと爆発的に喜んでいるんだと思う。自分が本を通じてしてきた”好奇心の誘発”と”それによって広がる人生の喜び”をほかの人にももっともっと知ってほしい・垣間見てほしい。シンプルな動機によって、数々のユニークな本の場を作ってこれてきたのだと思う。

加えて、エディトリアル思考についてはかなりいろいろな気づきがあったと思う。物事を文脈や、並存させるほかの事物で、新たに意味づけしたり、本来の意味をよりビビッドに立ち上がらせる。まるで、決して本人を食うことなくその人本来の美しさを引き立たせるスタイリストのようなエディット思考は、温和で真摯に対象の内なる声に耳を傾けられる人にしかできないことなのではないかなあと思う。

その人・そのものが本質的に帯びている”領分”をしっかりと理解把握した上で、それが最高に活きる形にエディットして人に届ける。これは本に限らず、コミュニケーションを生業にしている人全般に当てはまる大切なことなんじゃないかね。大いに得るものがあった授業でした。

(幅さんのほかのお仕事については、コチラ→BACH OFFICIAL WEBSITE)

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宿題は、以下。

小説「ライ麦畑でつかまえて (野崎孝訳)」を届けるためのもっとも似つかわしい環境設定を提案せよ。


ターゲットも環境も予算も自由。ただ、実現可能性までちゃんと考えて持ってきてね、ということ。さてさて、まずはライ麦をもう一度読むところからはじめないと・・・という結構ヘビーな課題。この課題とそれに対しての講評の授業は、後日まだ公開いたします。

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次回、第6回はメディアアーティストの千房けん輔氏のレクチャー。これまでの講師と異なり、「アーティスト」として自己表現も並行して行っている千房氏。”人から頼まれる1からの企画”に対して、”自分の中から作っていく0からの企画”について、ほかの講師とは異なる視点で話してもらいました。近々アップいたします。。。

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