2011/08/31

SPBS 作家・ライター養成塾 夏期集中講座 授業ログ vol.1

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かねてより何回かいってきたとおり、文章を書くのが好きです。そりゃよい文章・読んでもらえる文章を追求していく過程はしんどかったり腰が重かったりするし、それでも職業ライターをやっているわけでもない自分のそんな悩みが高が知れているなんてこともわかっているけど。でも好きで書いていて、そんなにつらくない。文章力って人が誰かとコミュニケーションをとる上での基礎能力のひとつだと思うし、おそらくすべての論理的情報整理の基礎になることだと思っているんですね。だからこんなソーシャルメディア全盛の時代にわざわざ、まとまった量の文章を書くことを、自分に課している。

そんな自分も、どこか客観的に自分の文章を評価してもらったり添削してもらったりする場所に一度くらい行ってみたいなと思って、銀河ライターの河尻さんに紹介してもらったのがコレ↓


SPBS作家・ライター養成塾 夏期集中講座
SHIBUYA PUBLISHING BOOKSELLERS主催の添削通信講座、
「SPBS作家・ライター養成講座」の夏期講習版ということで、
計4回の授業に文章で生きて行くうえで必要なノウハウを
ぐっと凝縮した、夏期のちょっとした集中講座です。


計4回で比較的ライトに通えそうだなと思ったので、行ってみているわけです。せっかくなのでここに復習もかねて、授業ログを書き記していこうと思いますので、もしなにかの参考になれば幸いです。ではまずは第一回(8/22)の様子を……

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SPBS作家・ライター養成塾 夏期集中講座 その1 (8/22)


 -今回の先生方-

 柴 那典/しば・とものり
ライター・編集者。1976年神奈川県生まれ。
99年京都大学総合人間学部卒業。
出版社rockin’on勤務を経て2004年退職、フリーライターに。
音楽やサブカルチャー分野を中心に、
幅広くインタビュー・雑誌記事の執筆を手掛ける。

柳橋 閑/やなぎばし・かん
『Sports Graphic Number』の編集者を経て、フリーのライター・編集者に。
スポーツ、旅、ビジネスなどをテーマに各誌に記事を執筆。
モットーは「自ら体験して書く」こと。

文章の種類と書く目的について

文章には正解がないということ。この認識が持てているかどうかでその人が色を存分に発揮できるかどうか、全然違ってくる。なのでこの講座では自ら向上し自分の文体を獲得していく上での”方法論”をヒントとして教授できれば、とお二方から講座のスタンスを説明。そして本編に入ります。

まず、目指すものが何なのか。エッセイ・小説・ノンフィクション・ルポルタージュ・芸能記事・インタビューなどなど。また、場所はどこなのか。雑誌、新聞、文庫、ツイッター、ブログなどなど。【文章の種類】によってふさわしい文体は大きく違う。自分は主にどのようなフィールドで文章をまずイメージしてから書き始めましょうと。

文章のジャンルは大きく分けてしまうと、
1.エッセイ・コラム (いわゆる雑文と言われるもの)
2.批評・評論
3.小説
に分けられ、それぞれ「ストーリーの必要性」「創作可能な度合い」などが異なる。この講座では主に1.2.を想定して文章術を教えていただきます。


「”情報をパッケージする”行為こそ、文章を書くということ」

そのパッケージングの仕方次第で同じ情報も面白くなったりつまらなくなったりするわけで、そこに文章を書くことの深みがあるのよね。面白い文章を書くために必要不可欠になってくるのが、「テーマ」というわけです。


”テーマ”と”切り口”

どんな文章にもすべからく”テーマ”は存在する。それが与えられたものの場合と、自分から設定する場合との違いはあるものの、まずはそのテーマをしっかり自覚することが大前提になるわけです。要するに「何について書くか」ってこと。これ、当たり前じゃん!て思う方ばっかりだと思いますが、文章を徒然と書いていくうちに、本来書こうと思っていたことがいつの間にか変形していることなんて結構ザラにある。見失わないように、前述した【文章の種類】と【自分の立ち居地】をどこかで常に意識しましょうと。

その上で重要なのが、テーマをどの”切り口”で料理するかということ。たとえば…

【遊園地での休日】というテーマに対し、【途中で下痢になって散々だった】という切り口
【仕事】というテーマに対し、【大連休明けの月曜日の憂鬱】という切り口
【イチロー】というテーマに対し、【知られざる偏食伝説】という切り口

などなど。テーマが面白いことも大事なことだけど、いかに平易なテーマを面白い切り口で化けさせるかこそ、その人ならではの視点の違いが生まれて書き甲斐のあるスタートラインに立てるのではないかと。じゃあいい切り口はどう発想するのかは、【ライターとしての自分】だけでなく【編集者としての自分】を並列して脳においておくことだと言う。つまり、”自分が書きたい”を優先するチャンネルと、”それって誰が読んでどう思うの?”という社会世の中代表の自分。後者のアンテナを磨いていければ、なんとなくウケのいい”切り口”がわかるようになっていくということですね。



”切り口”=着眼点の見つけ方

まず、あまりうまくいかない方法のひとつとして”言葉の定義”に拘泥するパターンが挙げられた。たとえば、「幸せ」というテーマに対して、

「幸せ」とはいったい何なのだろうか。広辞苑で引いてみると、①・・・・

みたいなやつ。広がらないし、オチが定まってきてしまう。テーマを辞書で引いてそこから書き出すのはあまり上手くいかないことが多いのでやめておきましょうと。自分、よくやるので気をつけます…

ではどうするか。ひとつは「イメージの飛距離」を有効活用するということ。
与えられた「テーマ」と、あえてなるべく遠い言葉を裏テーマとして設定しておくことによって、思っても見なかった切り口にたどりつけるというやり方です。裏テーマのことを作家さんは「話しのアンカー」とか言ったりするそうです。アンカーとして沈めておく、と。

これって落語の三題噺みたいなもので、切り口発見のトレーニングメソッドとしてかなり有効なよう。かの村上春樹も短編を執筆するときは、メインテーマとは別の裏テーマを2つ、計3つの言葉を念頭に書いていくそうです(そして裏テーマ2つは直接文中には登場させない)。また、秋本康氏も昔、作詞するときはサイコロにめぼしい単語を振ったものを投げ、出た目で無理やり発想するやり方をとっていたことがあったそうな。

これっていわゆる、チャンスオペレーションってやつで、偶然性をコントロール化におくことでジャンプするってやつですね。文章にもやはりそういうやり方は一般的に存在しているみたいです。あくまでひとつの考え方でしかないけど、常套手段として紹介されました。



構成について


次に大事なのが、構成。プロットの組み立てについてです。大きな骨組みをどう捕らえるか、話のパーツパーツをそれぞれどの順番で登場させ、どんな展開を作るのか。作曲とか映画とか、時間芸術・時間情報はすべからくプロットが存在しているわけで、文章も例外ではないわけ。(そういう意味ではそれらの時間芸術はすべて、プロットの勉強・参考になるわけです。本人の捕らえ方次第でね)

まず意識するのは「文字数制限」。これが決まっているケースが職業ライターではほとんどなので、ここでかなり限られてくる。限られた文字数の中でもっとも言いたいことをどのあたりに登場させるか。”長さ”と”ピーク”を決めると、三角形でいう底辺と頂点が決まるわけで、全体像はかなりイメージしやすくなりますね。

じゃあ、どんな構成のパターンがあるのか、というのをいくつか紹介してもらいました。


起承転結型
主に物語の叙述に使われる。だから、すべての文章ジャンルの当てはまる考え方ではないし、とらわれすぎて不自由になるのは最悪。特に、”結”を最後に持ってくるスタイルにとらわれてしまうと、最後まで本当に言いたいことを言えずに書き進まなければならなくなり、ありきたりなリズムになりがち。ということであんまりオススメじゃない構成だということです。

トップヘビー
言いたいことを一番頭に持ってくる、いわゆる論文形式。最大の難所である”書き出し”に悩まなくて済むし、読んでる側も”読み進める不安”のようなものが最低限まで軽減される。また、わかりやすい文章の定説として、「最初と最後が同じ内容で終わる」というものもこの構成には当てはまる。シンプルできれいな構成。

落語形式
序破急とも言う。世間話・四方山話 → ストーリーテリング・クライマックス → オチ というのが一般的で、文章の上手さや洒落がどれだけ利かせられるかにかかってくる。エッセイストのショートコラムなんかはほとんどこの構成。そのときに”オチ”っていうのが難しいわけですが、あるパターンを盛っておいたり、自分の文体をもててしまえばそんなに苦しくないというわけ。鈴木おさむ氏の連載コラム【ブスの瞳に恋してる】の場合は最後は決まって、「ブスとのおのろけ終わり!」でぶった切っちゃうわけで、そういうやり方もなくはない。正解はないので、自由にいろいろ遊んでみるべし。


どの構成パターンでも共通して言えるのは、「スタートからゴールまでを一直線で考えない」ということ。パーツパーツを途中で組み替えたり、まず敢えて想定より大目に書き上げて引き算したり。そうやって推敲していって徐々にわかりやすくて面白い文章になっていくわけです。で、推敲どうやってやるのかが次のテーマ。


「わかりやすさ」とは …推敲のやり方


三島由紀夫のような一部の天才をのぞいて、推敲せずに文章を出したほうがいいなんてことはまずないとお二人。ではどんなやり方があるのか。

まずは、「声に出して読む」。これをすると自分が本当に言いたいことがちゃんと言えているのか如実にわかるんです。よく人に文章を見せたとき、「で、結局何が言いたいの?」と聞かれ、赫赫云々ですというと、「じゃあはじめからそう書けば?」となる。そういったことが声に出して読むことによって客観的に耳から判断できるわけ。また文体の持つリズムも発音することでわかるし、長すぎる文章を発見するのにも最適。

次によくやるのが、「初稿の結論・ハイライトを頭に持ってきて、再構成する」というやつ。文章って、本当に伝えたいことが書きながら変化していくこともザラにあることで、それ自体は悪いことどころかむしろ、書きながら思考が深化した、当初の結論より熱量の高いものであることもしばしば。なので、それを結論を念頭に今一度構成しなおす、場合によっては書き直すことがかなり有効なんだと。これ自分もよくやるんですけど、とてもとても労力を使うやり方なので、いつでもできるわけじゃないと思います。でも確実に文章はよくなると思う。激しく同意なやり方。

基本的に推敲とは、”引き算”なわけで、引いて完成させるためにははじめに余分に書いておく必要がある。自分も横着なのでよく陥りがちな思考として、「余分に書くのは無駄なので一筆書きで完成させたい」というのがあるけど、それに陥ると足し引きしながら帳尻を合わせて完成させなくてはならなくなり、筆力が落ちるんだよね。書きたいことを後先あまり考えずに書き連ねるギアと、冷静に編集者目線をもってそこから引き算したり再構成していくギア。両方いっぺんに踏み込まずにまずは時間で区切りながら書いていくのがいいんでしょうね。これは多分、クリエイション全般に当てはまると思う。


自分なりの文体の作り方


やはり最終的には、読むだけで誰が書いたかわかるくらい、その文体にファンがつくようなオリジナルの文体を身に着けたいものです。ただ文体とは「間合い」なわけで、書き続けることでしかその間合いはつかめないとのこと。いわゆる「型」みたいなもので、ひたすら書いていくことが大事。量です。筋トレと一緒で、日々積み重ねていくことで体ができていく感覚ってわけ。

加えて、「読む」ことも重要ということで。自分が好きなリズムを持っている作家さんの文章をたくさん読んで、一時期、わかりやすく影響とか受けてみる。あるいは、写経してみる。そういったことで、自分が素敵だと思う文体を、自分でも書けるように、近づいていけるんじゃないでしょうかね。


===
そんな感じの第一回授業でした。まず思ったのは、思ったより自分、実践できてるなってこと。でもなおもって不足に感じるのは、あとはやっぱり量なんでしょうね。あとは根本的な課題として、「読み手に対する意識・ホスピタリティー不足」は否めない。ブログはいくらでもいつでもかけてしまうし、誰が読んでくれているのか見えづらいメディア。ついつい”記録”とかいって好き勝手書いてしまうのですが、そうではない、読者ありきの厳しいフィールドでも連載とかもてないかななんて思いました。まあ環境のせいというより意識の部分が多いと思うんで、そこはがんばります。

次回に向けての課題も出ました。お題は、
【個人的な体験】
ということで、ほぼノーテーマみたいな広さw どんなテーマをどういう意図を持って、どういう想定読者に対して、どういう切り口で料理するか。この授業の内容をフル動員させながら、宿題にレッツトライです。次回のログは、生徒みんなの添削結果をシェアしながら、初回授業でのヒントを具体的になぞっていきます。


文章って、奥深くて楽しいわ♪

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